たてよこ

縦や横の線がいいです。撮りたかったのは違う箇所だったので、偶然。

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夜に胃が動かない感じの痛さで、いてててて。うずくまってジッとしないといけない感じじゃないから、大丈夫。痛くて食べる気まったくなしだったけれど、残っていた栗の甘露煮を1粒食べました。美味しいけどイテテテテ。できれば食べずに済んで、もっと美味しく感じるときに食べたかった。

何度読んでもホロッとしたり、ウルウルする漫画があります。物語そのものというよりは、あるカットだとか1シーンに。そのページを見るだけだからいつも3秒くらいで読める。ときどきもうちょっと読んで20秒くらい。きょうもホロッとしてしまった、ホロッとして「よかったね」という気持ちになれる漫画なので、何度でも「よかったね」と思いたくて見ます。その登場人物の名前を名無しカメにつけたい*1くらい。つけないけれど、心の中では呼んでるかもしれない。

 

*1:その子(登場人物?)はネコの眷族なんです。

小豆粥

小正月なので小豆粥。お芋と焼き餅入り。

読んでいた料理本にサツマイモ入り小豆粥が載っていました。作り方だけではなくてコラム付きの内容で、そこには小豆粥をはじめとしたお粥の歴史や思い出が書かれていて素敵な内容でした。作り方には「サツマイモは焼き芋にして、それを入れます」とあり、うわ〜それは美味しそう。と焼き芋を入れること決定。

焼き餅はきょうの料理を観て「焼き餅ねぇ、小豆に丸餅入れたら邪気払いにエエかも」と思ったのだった。味付けはなし、好みで塩をかけたり砂糖をかけたり。

 

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あまった小豆(もちろん、ほとんど余っている)はぜんざいにしようと思う。

味のついてないお粥…いいかも。って思いました*1。今まで美味しいお粥に出会う機会がなかったなどではなくて、歳をとっていろんなことが少しずつ以前とは違ってきている感じがする。食べ物に関しては幸か不幸か意識より体のほうがよっぽど敏感なので、体が美味しいと感じるものに従うようにしています。私の体がお粥を美味しいと感じるようになる時が来たんだ!おお〜〜。

体側からみると以前より出来ないとか、そーいうことが出てきて狭まっているのかもしれないけど、食べ物は嫌だったものを美味しいと感じるなんて広がってる〜。お粥はパンを焼いたりご飯を炊くより手軽で、その時の忙しさで主食作りを考えられるのも嬉しい。

きょうは朝にからだのお稽古。今年初。いい感じのスタートを切りつつも*2、体が浮腫んでいる話で盛り上がりました。

 

*1:ゆりねのお粥とか作りたい。

*2:やったー

赤飯まんじゅう

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毎年たのしみにしている赤飯まんじゅう。12日に買いに行ったら売切れ。ガーン、予約をして13日に受取ってきました。ふかして食べるのと、そのまま食べるのと。お赤飯はそのままで、皮だけ温かいの…1度でいいから食べたいんだけど、さすがにそれはムリー。なんてブツブツ言いながらいただく。

お赤飯といえば、母方の祖母のお赤飯。毎年10月10日にお赤飯のお弁当を作っていました。高野豆腐、ねじりこんにゃく、ちくわの炊いたのと黄色いたくあんがゴロッと2切れ*1入っていました。高野豆腐はひし形。お弁当のほとんどはお赤飯。仕出し用のエンジのお弁当容器を使っていました。

私はお赤飯もお米も好きではなかったし、祖母と親しかったり懐いていたという記憶もありませんが、10月10日のお弁当だけはとても楽しみにしていた*2。どこかにお弁当を受取りに行く、考えるだけで今も気持ちが弾みます。

祖母のお赤飯はとても色が美しかったです。あんなにツヤっとして深い色のお赤飯をどうやって蒸すんだろうと思っていました。もち米なので前日かそれより前から準備がはじまり…どこかの段階でしゃもじをもち米か小豆か出来上がりのときに立てていた?と聞いたことがあり、それはどういうまじないだったんだろう……と面白く聞いたことがあるけれど「それで色がつくわけじゃあないだろう」と思っていました。それが数年前にある冊子を読んで見事解決しました。あのお弁当を食べなくなって長い時が経ちましたが、俄然思い出の再現に向けて作る気になる出来事になりました。

写真では伝わりきれないけれど、赤飯まんじゅうのお赤飯の色ツヤも大変美しくハレの日に似合います。

きょうは赤ちゃんを眺めたり、いろいろ。帰宅がとても遅くなったけれど良い日で、これらが先に続けばいいと思います。

午前中に摺った版画は「あ〜……うーん」というのがあったけれど、全体的にはいい感じ。

 

*1:たくあんは祖母がこさえたものではなく、買ったものだったでしょう。普段は父方の祖母が仕込んだすっぱいたくあんを食べ、その味が大好きでしたが、「赤飯弁当だけは黄色いあんまりすっぱくない厚切りのたくあんやんな!」と密かに思っていました。

*2:ものすごい数を作っていて、取りに行くとズラーっと積み重なっていたのも印象深いです。父方母方どちらの家(とくに父方)も大勢を招く家だったのだと、今になって気づきます。当時はそれが当たり前だったので、そういうものだと思っていたのでした。