世界亀の日

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きょうは世界亀の日。買出しついでに神社と、そこにある池や植物を眺めてきました。

 

天候の影響か、激務か、緊張か、それ以外かわからないけれど…疲れているんだろうとは感じています。

先日、首の調子がよくなってきていると言ってもらい、とても嬉しかった。

3月から身体のメンテナンスのためにトレーニングとは違うクリニックに通っています。そこでハッとすることや「たしかに、そうだったんだろうな」と実感すること、思わず考えてしまうこともありました。この頃は両方(お稽古とクリニック)必要かもしれないな…と思いつつあります。10年ほど前にからだのお稽古に行き始めた選択は間違っていなかったし、そんな選択ができたのはなんでかな?相当追い込まれたとしか考えられないのでした。

もう一方の選択をした(選択しなかった方の)生き方は想像しかできないけれど、おおよその予測を立てることが出来る場合はあります。「あのまま何もしていなければ」という場合。その選択をしていたら、おそらく今以上に通院をして生活に制限が出来ていたろうと明確に想像できます。

それを考えると自身が選んだものは時間もお金もかかれば、やりたくないこともいっぱいしなくてはいけないけれど……よかったと思います*1。なにより「そっか、こういう生き方もできるんだ」という可能性をこの手に引き寄せられたことは何者にも代えがたいものでした。

もちろん「嫌だな」と思うし、しんどいことも多いし、悪くならないように管理も通院も気をつけることも当然必要で、万事快方に向かうわけでは到底ないけれど、その辺のコントロールについて学ぶことができたり、先生とともに考えたり、うん、これは致し方なしと諦めたり…それらの一連のことに何度も感じ入ります。

 

話しは変わるけれど、ここ最近*2、ひとつの発見があり引き続き注視してゆこうと思う。

*1:そのお金を捻出するために頑張ることが増えたとしても。増やすこをと検討できる身体を保てているということの証明ですから。

*2:長い目で見れば1年ほどをかけて