写真はガネーシャですね。なんだか愛嬌があるガネーシャ様でありました。
きょうはあさに彫りまくりました。疲れた。切れ味が落ちた彫刻刀は驚くべき手際?で切れ味抜群になったのはラッキーでした。研ぎは下手で安定しません。
私は木版画技法のなかでは摺ることに執着しているのですが、よく「摺りが得意なんですね」と言われて困って戸惑います。言われたとたん、へんな顔をしてると思う。
全然得意じゃないし「好きだ」とは言ったことはあっても「得意だ」と口にしたことはなく、今後もないでしょう。
伝わるときには「好き嫌いと得手不得手は違うやん?」で「あ、そうね」と伝わるし、伝わらないときはどんなに言葉を重ねても伝わらない。
得意なこと=好きって……そんなにないんじゃないかな。と思います。苦手なこと=好きも同じくらいないと思うけれども、まだこっちの方がありな気がしないでもなし。彫りに関しては「好きじゃないし不得手」と明言しているのだけど、ここ1年強は「でも面白味もだんだんわかってきた」とも言っています。彫ることの延長線上に摺りが待っているから、面白味も感じられるのだけれども。
夜は下絵に手を加えたり、考えたり。散々描いたドローイングのなかに「これ版画にしたいな」と思うのがあって、ヤル気も出る。と同時にドローイング自体(とくに空間)が面白いと感じられました。……うーん、そう感じられる日が来るなんて奇跡*1のよう…続けるものだ。

*1:今でもデッサンで苦しむ悪夢で目が覚めるくらいですから、自分自身のデッサン(ドローイング)に対する恐怖心、疑念、落ちこぼれ感は重症。