授かりもの


この一年間撮影したなかで一番好きな銀ちゃんの写真です。左側の陰の部分は真っ黒なんじゃなくて、やっぱり陰(影ではなく陰)。生きている彩りのように濃淡があるのです。
私は「さずかりもの」という言葉が大好きです。「子どもは授かりもの」という使われ方がメジャーかと思いますが、本当にそうだと思います。その授かりものとは、血の繋がった子どもにかぎらず。人にかぎらず。生きているものにかぎらず。ということを含んでいるのだと私は理解しています。
銀ちゃんは私にとって授かりものでした。人と犬ですし、私が決めて里親になり彦根まで引取りに行きました……それらに対しての解釈の有り様はあるかと思います。ほんと授かり物でした。よくうちに来てくれたなぁと思うことが多かったです。
授かりものだと感じていたからといって、敬ってお世話をしていたのではなく、しつけは私がつけましたし、怒るときは怒ったし、こちらが機嫌の悪いときは(あまり)相手にしなかったこともあり、一番大きかったことは私は実家を出ました。それでもやっぱり「思いがけず、うちに来てくれた子」だったのです。
いろんな人の授かりものの話を聞くたびに感心します。それはペットであることもあれば、才能であること。偶然の出会い。仕事。家族。思い出。ある瞬間の風景や気持ち。
いつまでも自分のなかに息づいて、時にはそれが生きる姿勢を教えてくれたりすること。そういう事も授かりものだと思います。銀ちゃんは一生を通して色んなことを教えてくれたと感じています(たとえば、うまくワガママを通す方法。頑に決めたことを曲げない(これは反面教師)なども含めて☆)
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