きづいたこと


銀ちゃん、さようなら。またね☆
とてもいいお葬式ができました。歯は年とともに、ちょっと抜けていると思い込んでいたのに、全部抜けずだったのです。びっくりです。骨があまりにキレイで家族全員ポカーンとして悲しみというよりはマジマジ魅入ってしまいました。お骨の説明をしてくださった方も「銀ちゃんは、本当に元気に長生きしたんやねぇ。お骨見ててもわかるんよ。たとえばココとかね…」「ほんまやぁ〜」と、なんとなく牧歌的な会話。
無理して元気を出しているわけでもないし、かといって悲しくないわけではありませんが、ほんとよかったです。
ちょうど一年ほど前に「銀ちゃんの介助、介護記録として忘れないように」という目的で銀四郎通信を書き始めたけれど、ある日「このまま書き続けたら(当然だけど)いつか銀ちゃんは死ぬ。むかめ工房ブログは毎日アップしているから、死んでしまったその日にもアップしないとダメなんだ!」と気付いて愕然としたことがあります。
と書きつつ、じつは話題を選べばブログはアップできると思っていました。話題を選べば。つまり銀ちゃんが死んだことに触れなければ。が大前提の考え方でした。
銀ちゃんが死んでしまった日に、銀ちゃんが死んでしまったことを書くことってキツイ。それは決して簡単ではない。どうしよう…と、ときどき考える1年になりました。考えるたびに「ちゃんと書こう。」と自分に言い聞かせていた1年にもなりました。
銀四郎通信は1年間をかけて介助、介護の記録。に加えて私の気持ちの記録にもなったからです。目的は時の流れでプラスされることもあれば、変わることもあるし、思わぬ気づきが訪れることもあるのです。
でも、一番何度も思ったのは『母が銀ちゃんのブログを書けばよいのにな』でした。きっとネット上で犬友達ができて、励まされたり、共有できたり、出会いがあったでしょう。
ときどき「銀ちゃんはネット上でけっこう有名になりつつあんねんで。いっぱいファンおるねんで。おかーさんのことを気にかけてくれる人もおるで。」と話していたのだけど、嬉しそうでした。有名になってファンが増えることが嬉しいのではなくて、わたし以外に銀ちゃんを知ってくれて、心を寄せてくれる人がいることが嬉しいのだと思います。
記録ではじめた銀四郎通信ですが、多くの方との出会いも含め本当に大きく広がりました。これも銀ちゃんがいてくれたおかげ。
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村☆押してね☆